『花押』は自筆証書遺言の押印の要件を満たすか?
自筆証書遺言を作成する際に満たさなければならない法的要件(形式要件)があるのはご存知の通りです。全文自筆、日付、自署、押印です。今回のテーマはこの押印が「花押」でも良いかということです。
「花押」とは何か、聞き慣れない言葉ですが、日本には古くから存在するもので、自署の代わりに書く記号であり、印判と区別して書判(かきはん)とも呼ばれます。自署は最初楷書で書かれていましたが、次第に草書体(草名)になり、その人独特の形容に模様化した時に「花押」と称されたようです。「花押」は平安時代から始まったものらしいのですが、時代を経て現在もなお文書に証拠力を与えるものとして使用されることがあるようです。余談ですが、閣僚などは公式文書に「花押」を使用することがあるようです。
そして、この「花押」を自署の下に書き押印が無い自筆証書遺言が問題となりました。つまり、遺言者が遺言書に印章による押印をせず、「花押」を書いていたことから、「花押」を書くことが民法968条1項の押印を満たすか否かが最高裁で争われました。民法968条1項には「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない」と規定されています。
さて、皆さんはどう思われますか。「花押」でも良いのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。現に、この裁判、原審では民法968条1項の押印の要件を満たすとの判示がされました。しかし、最高裁では、①「花押」を書くことは印章による押印とは異なるから、民法968条1項の押印の要件を満たすものであると直ちにいうことはできない。②民法968条1項が自筆証書遺言の方式として、押印を要件とした趣旨は遺言全文等の自筆とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名の下に押印することによって文書の作成を完成させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解される。③我が国において印章による押印に代えて「花押」を書くことによって文書を完成させるという慣行ないし法意識が存するものとは認めがたい。よって、「花押」を書くことは、印章による押印と同視することはできず、民法968条1項の押印の要件を満たさないというべきである。と、判示されています。(平成27年第118号、平成28年6月3日第二小法廷判決参照)
「花押」を書くという習慣は一般的であるとは思えませんが、一部の人たちは現在でもなお「花押」を書くことが習慣化されていることがあるようです。そのような方達には自筆証書遺言では「花押」は押印の要件を満たさないことを理解していただき、相続士の皆さんはこのようなケースに遭った時はこれを思い出していただき適切な対応をしていただきたいと思います。
因みに、掲載の写真は、「徳川家康の花押」です。
このページのコンテンツを書いた相続士
- 行政書士、宅地建物取引士、相続士上級、CFP
東京都小平市出身。法政大学経済学部卒。リース業界・損害保険業界を経て、2007年相続に特化した事務所を開設し、現在も一貫して「円満相続と安心終活」をモットーに相続・終活の総合支援を行っている。相続・終活における問題の所在と解決の方向性を示す的確なマネジメントと親身な対応が好評を得ている。相続専門家講座の専任講師として相続専門家の育成にも助力している。日本相続士協会専務理事。
中島行政書士相続法務事務所・ナカジマ相続士事務所
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