遺産分割協議と詐害行為

 遺産分割協議では共同相続人全員で自由に分割方法を決めることができます。民法では「遺産の分割の基準」や「法定相続分」が指針として定められていますが、それに縛られることなく自由に決定できます。

共同相続人全員の合意の上であれば、仮に、一部の相続人偏った分割方法や相続分ゼロの相続人がいるような分割方法であっても構いません。

揉めることなく共同相続人全員の合意の上で遺産分割協議が成立すれば「円満な相続」の終了へとつながります。

しかし、この円満な終了は共同相続人間の内部での話であり、仮に、共同相続人の中に金銭債務を抱えた者がいる場合には、その債権者の中には、遺産分割の内容に待ったをかけたくなる者がいるかもしれません。

民法では「詐害行為取消権」という、債務者が債権者を害することを知ってした行為(財産減少行為)を債権者が裁判所にその行為の取消し(財産の維持・回復を図る)を請求することができる制度があります。

遺産分割協議の結果が、「詐害行為取消権」行使の対象となるのかが問題です。

まずは、「詐害行為取消権」の基本ポイントを押さえておきたいと思います。

「詐害行為取消権」が成立するためにはいくつかの要件を満たす必要があります。

債権者側の要件として、被保全債権(原則、金銭債権)が存在すること、被保全債権の発生原因が詐害行為前に成立していたこと、があります。

また、債務者側の要件として、詐害行為時と取消権行使時の双方の時点で無資力(債権者全てに完全な弁済を為し得ない状態)であること、詐害行為となる行為が財産権を目的とするものであること、があります。

債務者の行為が財産権を目的とする行為であることが要件となっていますので、それ以外の行為である身分行為や債務者の自由意志に委ねられている行為については詐害行為取消しの対象とはなりません。例えば、身分行為である「相続の承認・放棄」や債務者の自由意志に委ねられている「贈与・遺贈の拒絶」などは詐害行為として取消の対象外となります。

では、詐害行為取消の対象である財産権を目的とする行為とは何か、例えば、各種契約行為や権利の放棄、債務の免除・承認などがあります。

そして、遺産分割協議も財産権を目的とする行為となります。

判例によると、遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部または一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであり、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるいうことができるから詐害行為取消の対象となる、ということです。

遺産分割協議によって、相続分ゼロとなる「事実上の相続放棄」をするケースもありますが、これは財産権を目的とする行為となるので詐害行為取消の対象となるというのが判例の立場です。

では、どのような遺産分割協議が詐害行為取消の対象となりうるのでしょうか。

法定相続分より少ない相続分であっても具体的相続分を下回る相続分でなければ詐害行為にはならず、具体的相続分を下回っていたとしても、民法906条の趣旨と照らし合わせて遺産分割協議の内容が合理的であり、詐害行為の客観的要件と主観的要件の相関判断によって詐害行為取消の対象とならないこともあるようです。

遺産分割協議と詐害行為という問題は線引きの難しい部分があるようですから、債務を抱えた相続人は「詐害行為」というものを意識しておく必要があるのかもしれません。

このページのコンテンツを書いた相続士

中島 浩希
中島 浩希
行政書士、宅地建物取引士、相続士上級、CFP
東京都小平市出身。法政大学経済学部卒。リース業界・損害保険業界を経て、2007年相続に特化した事務所を開設し、現在も一貫して「円満相続と安心終活」をモットーに相続・終活の総合支援を行っている。相続・終活における問題の所在と解決の方向性を示す的確なマネジメントと親身な対応が好評を得ている。相続専門家講座の専任講師として相続専門家の育成にも助力している。日本相続士協会専務理事。
中島行政書士相続法務事務所・ナカジマ相続士事務所

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